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荘内学について

「荘内学」は、致道館廃校後の明治時代に「徂徠学」を止揚して成立した学問で、明治維新前後の庄内藩の帰趨を決めた菅実秀が、西郷隆盛と親交を結んだことが発端となって成立しました。
副島種臣が明治24年と25年に庄内へ来て鶴岡の学者たちと会談したときに、副島がここの学問は「荘内学」だと言ったのが荘内学という呼称の始まりと言われています。
「荘内学」の内容は、『南洲翁遺訓』と、菅が弟子たちに説いた教えを収録した『臥牛先生遺教』の二冊によって明らかになっています。すなわち、人はみな聖人の素質を持っていて、人間に生まれたからには聖人を目指すべきであり、「聖人とは何か、聖人に致る道を探る」のが、荘内学を学ぶ目的であると考えられます。

 止揚 … 廃棄する・否定するという意味と、保存する・高めるという二様の意味。
 副島種臣 … 明治政府の外務大臣をした人で西郷の同志だった学者。


致道館とは

・庄内藩の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、文化2年(1805)酒井家九代目藩主・忠徳(ただあり)公が創設した藩校。
・論語の「君子學以致其道」(君子ハ学ビテ以テソノ道ヲ致ス)(君子は学問を行って、その道を極める)(子張篇)から名付けられた。
・徂徠学を教学とし、自主性を重んじた教育方針で、各自の天性に応じ長所を伸ばすことに主眼がおかれ、四書五経、歴史書、諸子百家、詩文などを学んだ。
・生徒一人ひとりの生まれつき持っている能力を大事に、その優れたところを十分に伸ばし、自分から進んで積極的に学び・考え・理解し、それを実際に生かすように生徒を育てていた。
・能力に応じた進級方法、自主学習や会業も徂徠学の教えによるもので、これが致道館教育の特徴である。

 教学 … 教えることと学ぶこと。教育と学問。
 四書五経 … 中国の代表的な古典の総称で、儒教で経典として尊ばれたもの。「四書」は儒教の根本教典とされる『大学』『中庸』『論語』『孟子』。「五経」は儒教の教典のうち重要な『易経』『詩経』『書経』『礼記』『春秋』の五種の書。このうち『大学』『中庸』は、『礼記』の一章を独立させたもの。文化人として当然の常識とされた。
 諸子百家 … 中国の春秋戦国時代に現れた学者・学派の総称。「諸子」は孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子などの人物を指し、「百家」は儒家、道家、墨家、名家、法家などの学派を表す。
 自学自習 … 自分が立てた計画に従って自分のペースで進める修学法。
 会業 … 当番生徒の発表について話し合ったり、同じ書を読んで討論したりする修学法。


徂徠学とは

・江戸中期の儒者荻生徂徠(1666‐1728)が唱えた儒学思想。
・儒教の経典を経典成立当時の古代文字の意味そのままで解釈しなければ、経典の本旨を理解することができないという考え方で、独自の学派を成立させた。
・教育については、個性を尊重する立場から、能力に応じた等級制を採用し、個別的指導に力を入れ、自学自修を強調することを基本としていた。
・致道館創立時に導入され、以来明治6年の廃校まで継続した。
・徂徠は、人間の生まれつきは変えられるものではない。だから生まれつきの個性、才能を尊重して、それをそのまま伸ばしていくことを強調した。